仙石秀久とは?戸次川で大敗したのになぜ大名に復帰できた?

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戦国武将・仙石秀久(せんごく ひでひさ)は、豊臣秀吉に仕えながら出世したものの、1586年の戸次川の戦いで大敗し、領地を失った人物です。

ところが、わずか4年後の1590年には、再び大名の地位を取り戻しています。

仙石秀久が復帰できた最大の理由は、小田原征伐に参加して武功を挙げ、豊臣秀吉に再び認められたためです。

なぜ大敗した武将に、もう一度チャンスが与えられたのでしょうか。

今回は、仙石秀久の失脚から復活までをわかりやすく解説します。

目次

仙石秀久とは?豊臣秀吉に仕えた戦国武将

仙石秀久(1551〜1614年)は、美濃国(現在の岐阜県南部)出身の戦国武将です。

織田信長の家臣となり、のちに羽柴秀吉(豊臣秀吉)のもとで各地の戦いに参加しました。

秀吉の勢力拡大とともに出世し、淡路国の領主を経て、讃岐国(現在の香川県)の大名となります。

しかし、その順調な出世は、九州での一度の敗戦によって大きく変わりました。

年主な出来事
1551年美濃国に生まれる
1580年代秀吉のもとで出世し、大名となる
1586年戸次川の戦いで大敗
1590年小田原征伐で武功を挙げ、大名に復帰
1614年死去

戸次川の戦いで、なぜ失脚した?

1586年、豊臣秀吉は九州で勢力を拡大していた島津氏に対抗するため、仙石秀久らを援軍として派遣しました。

豊臣方には、仙石秀久のほか、長宗我部元親・信親父子や十河存保らが参加していました。

しかし、豊後国(現在の大分県)の戸次川の戦いで、豊臣方は島津家久の軍勢に大敗します。

この戦いでは、長宗我部信親と十河存保が戦死しました。

仙石秀久は敗戦の責任を問われ、秀吉によって領地を没収され、失脚します。

大名の地位を失った秀久にとって、人生最大の挫折でした。

※戸次川の戦いの詳しい経過は、関連記事「戸次川の戦いとは?長宗我部信親はなぜ戦死した?」で解説しています。

仙石秀久はなぜ大名に復帰できた?3つのポイント

① 小田原征伐に参加して武功を挙げた

最大の転機は、1590年の小田原征伐でした。

豊臣秀吉は関東の北条氏を攻めるため、大軍を動員します。

失脚していた仙石秀久もこの戦いに参加し、武功を挙げました。

その働きが秀吉に認められ、秀久は再び大名の地位を与えられます。

つまり、復帰の直接的な理由は、小田原征伐での軍功だったのです。

② 再び戦場に立つ機会を得た

秀久が復帰するには、まず失脚した立場から戦場へ戻る必要がありました。

その過程では、徳川家康の取りなしがあったとする記録もあります。

ただし、復帰に至る交渉や秀吉の判断の詳しい経緯には、はっきりしない部分もあります。

確かなのは、秀久が小田原征伐に参加し、その功績によって大名に復帰したということです。

③ 豊臣秀吉に再び評価された

戸次川の敗戦によって、秀久は大名の地位を失いました。

しかし、小田原征伐での働きによって、秀吉から再び領地を与えられます。

1590年、秀久が与えられたのは、信濃国小諸(現在の長野県小諸市)の5万石でした。

かつての失敗が消えたわけではありませんが、新たな軍功によって再起を果たしたのです。

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大名復帰後の仙石秀久はどうなった?

小諸城主となった秀久は、城の改修や城下町の整備を進めました。

1600年の関ヶ原の戦いでは徳川方につき、徳川秀忠を小諸城に迎えています。

その後も大名としての地位を保ち、1614年に亡くなりました。

戸次川で失脚した秀久は、最終的に小諸5万石の大名として生涯を終えたのです。

まとめ|仙石秀久はなぜ復活できた?

仙石秀久が大名に復帰できたのは、1590年の小田原征伐で武功を挙げ、豊臣秀吉に再び認められたからです。

1586年の戸次川の戦いでは大敗し、領地を失いました。

しかし、再び戦場に立つ機会を得て功績を挙げ、小諸5万石の大名として復帰します。

仙石秀久は、戦国時代に大きな失敗を経験しながらも、再起を果たした武将だったのです。

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