右手と左手を見比べてみてください。
指の数も形も同じなのに、ぴったり重ね合わせることはできません。
実は、薬をつくる「分子」にも、これとよく似た右型と左型があります。
そして驚くことに、同じ種類・同じ数の原子からできていても、分子の立体的な形が違うだけで、薬の効き方が変わることがあるのです。
2026年のノーベル化学賞でも、この「分子の左右」をめぐる研究が注目されました。
なぜ、そんな違いが生まれるのでしょうか?
答えは、私たちの体の中にあるタンパク質なども、立体的な形を持っているからです。
分子にも「右手」と「左手」がある?

分子は、原子が結びついてできています。
しかし、同じ原子が同じ順番で結びついていても、空間的な配置が異なる場合があります。
例えば、ある炭素原子に4種類の異なる原子や原子団が結びついていると、その配置によって鏡に映したような2種類の分子ができることがあります。
右手と左手のように、鏡に映した関係にありながら重ね合わせられない分子です。
このような関係を鏡像異性体(きょうぞういせいたい)と呼びます。
また、鏡像と重ね合わせられない性質をキラリティーといいます。
大切なのは、原子の種類や数が違うわけではないということ。
分子の立体的な配置が違うのです。
なぜ右型と左型で薬の効き方が変わるの?

ここで、鍵と鍵穴を想像してみましょう。
鍵は、形が少し違うだけで鍵穴にうまく入りません。
薬もこれに似ています。
薬の分子は、体内の受容体や酵素などのタンパク質と結びつくことで作用する場合があります。
ところが、タンパク質にも決まった立体構造があります。
そのため、薬の分子が鏡像異性体の関係にあると、
- 一方はタンパク質とうまく結びつく
- もう一方は結びつきにくい
- 結びつく相手や作用が異なる
といった違いが生じることがあります。
つまり、体の中では「分子の形」も薬の働きを決める重要な要素なのです。
ただし、すべての鏡像異性体で薬効が大きく異なるわけではありません。違いの程度は物質によってさまざまです。
実際に薬で問題になった「サリドマイド」

鏡像異性体を考えるうえで、よく知られているのがサリドマイドです。
サリドマイドは、かつて睡眠薬などとして使われましたが、妊娠中の服用によって胎児に重大な先天異常を引き起こすことが明らかになりました。
この分子にも、R体とS体という鏡像異性体があります。
研究では、それぞれの作用に違いがあることが示されています。
ただし、ここで注意が必要です。
「R体だけなら安全で、S体だけが危険」と単純にはいえません。
サリドマイドは体内でR体とS体が相互に変化するため、一方だけを投与すれば危険を避けられるというものではないからです。
この事例からも、薬の安全性を考える際には、成分の名前だけでなく、分子の立体構造や体内での変化まで調べる必要があると分かります。
2026年ノーベル化学賞は何を発見したの?

2026年10月7日、ノーベル化学賞はアンリ・B・カガン氏と硤合憲三氏に授与されることが発表されました。
研究の中心にあるのが、分子の「右と左」をどう制御するかという問題です。
鏡像異性体ができる化学反応では、条件によって両方が混ざって生まれることがあります。
しかし、薬などをつくるときには、必要な型を優先して得たい場合があります。
カガン氏は、分子の左右の偏りを生み出す反応の理解を進めました。
一方、硤合氏は、生成した分子が自分自身と同じ型の分子をさらに生み出す反応、不斉自己触媒反応を発見しました。
少しの左右の偏りが、反応を通じて大きく増幅されるのです。
これは、どうすれば特定の立体構造を持つ分子を選択的につくれるのかという化学の重要な課題につながる研究です。
医薬品の製造にも関係する、分子の立体構造を制御する技術の基礎となっています。
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まとめ|薬の効き方は「分子の形」でも変わる

同じ種類・同じ数の原子からできた分子でも、右手と左手のように立体構造が異なることがあります。
これが鏡像異性体です。
私たちの体にあるタンパク質にも立体的な形があるため、分子の左右の違いが、薬の効き方や体への作用の違いにつながる場合があります。
同じ分子式でも、立体的な形が違えば働きが変わることがある。
2026年ノーベル化学賞は、そんな「分子の左右」を生み分け、増幅する化学の研究に光を当てました。
目には見えないほど小さな分子の形が、医療や私たちの健康に深く関わっているのです。
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