外国の商品に高い関税をかければ、自国の産業を守れる。
一見すると、国にとって良い政策に思えます。
しかし、1930年代の世界では、各国が自国の経済を守ろうとした結果、貿易が縮小し、国同士の対立が深まりました。
関税そのものが第二次世界大戦を引き起こしたわけではありません。
ただし、世界恐慌後の保護貿易や経済圏の分断は、国際協調を難しくし、戦争へ向かう時代の対立を深めた要因の一つでした。
なぜ、国を守るための政策が、国同士の対立につながったのでしょうか?
関税を上げるとなぜ国同士が対立する?

関税とは、外国から輸入する商品にかける税金です。
例えば、外国製の商品が1万円だったとします。
そこに20%の関税がかかると、関税分は2,000円です。
ほかの条件が同じなら、輸入業者が負担する費用は1万2,000円になり、国内での販売価格も上がりやすくなります。
すると、外国製品よりも国産品が選ばれやすくなる場合があります。
このように、自国の産業を外国との競争から守ろうとする政策を保護貿易といいます。
しかし、関税をかけられた相手国も黙っているとは限りません。
「それなら、こちらも相手国の商品に関税をかけよう」
こうして互いに関税を引き上げれば、両国の輸出企業が打撃を受け、貿易が縮小するおそれがあります。
これが、関税をめぐる対立が深まる基本的な仕組みです。
世界恐慌で各国が保護貿易に走った
1929年、アメリカで株価が暴落し、世界恐慌が始まりました。
銀行の破綻、企業の倒産、失業者の増加など、深刻な不況が世界各地に広がります。
各国政府が優先したのは、自国の企業と雇用を守ることでした。
そこで、外国製品の輸入を制限する保護貿易が強まりました。
しかし、世界中の国が輸入を減らそうとすれば、商品を外国へ売ることも難しくなります。
自国の市場を守ろうとする政策が、相手国の市場を失う原因にもなったのです。
アメリカのスムート・ホーリー関税法とは?
保護貿易を象徴する出来事が、1930年のアメリカのスムート・ホーリー関税法です。
この法律は、多くの輸入品に対する関税を引き上げました。
目的の一つは、外国製品との競争に苦しむアメリカの農業や産業を守ることでした。
しかし、アメリカの貿易相手国は反発し、報復関税などの対抗措置を取りました。
その結果、貿易をめぐる対立が強まります。
ただし、ここで注意したい点があります。
世界貿易の縮小を、スムート・ホーリー関税法だけのせいにすることはできません。
世界恐慌による需要の減少、銀行や金融の混乱、物価の下落なども、貿易が縮小した大きな要因でした。
関税の引き上げは、そうした危機の中で国際協調をさらに難しくしたのです。
世界貿易はどれほど減った?

世界貿易機関(WTO)の資料によると、世界の貿易額は次のように変化しました。
| 時期 | 世界の月間貿易額 |
|---|---|
| 1929年1月 | 約30億ドル |
| 1933年3月 | 約9億ドル |
金額では約70%の減少です。
ただし、これは当時の価格で計算した貿易額の比較であり、取引された商品の数量が70%減ったという意味ではありません。
商品の価格そのものが下がったことも、貿易額の減少に影響しています。
それでも、世界恐慌によって国際貿易が大きな打撃を受けたことは確かです。
ブロック経済とは?世界が経済圏に分かれた

世界恐慌後、各国は関税を引き上げるだけでなく、特定の国々との貿易を優遇するようになりました。
これを理解するキーワードが、ブロック経済です。
ブロック経済とは、特定の国や植民地などとの経済的な結びつきを強め、経済圏の外側に対して貿易上の障壁を設ける仕組みです。
代表例がイギリスです。
1932年、イギリスはオタワ会議を通じて、イギリス帝国内の国々との貿易を優遇する取り決めを進めました。
これを帝国特恵関税制度といいます。
帝国内の貿易を優遇する一方、経済圏の外にある国々にとっては、商品を売りにくくなる場合がありました。
こうして世界経済の分断が進んでいきます。
経済圏の分断は、なぜ戦争の火種になった?

経済圏が分かれると、そこに参加しにくい国々は、外国の市場や資源を確保することに困難を感じる場合があります。
1930年代のドイツや日本では、世界恐慌による経済不安に加え、軍国主義や領土拡張を進める政治的な動きが強まりました。
日本は1931年に満州事変を起こし、中国東北部への軍事的な進出を進めました。
ドイツでは1933年にヒトラーが政権を握り、のちに周辺地域への侵略政策を強めていきます。
ただし、「ブロック経済から締め出されたから、戦争を始めるしかなかった」という説明は正しくありません。
侵略戦争は、政治指導者や国家が選択した政策です。
経済不安や国際経済の分断は、その背景を理解する要因の一つですが、侵略を正当化する理由にはなりません。
関税や保護貿易が対立を深めた一方で、軍事侵略、民族主義、独裁体制の拡大、国際連盟による平和維持の失敗など、複数の要因が重なって第二次世界大戦へとつながりました。
第二次世界大戦後、世界は何を学んだ?
第二次世界大戦後、各国は貿易をめぐる対立を繰り返さないため、国際的なルールづくりを進めました。
1947年には、関税と貿易に関する一般協定(GATT)が成立し、翌1948年から適用されました。
そして1995年には、世界貿易機関(WTO)が発足します。
こうした仕組みの目的は、関税などの貿易障壁を交渉によって引き下げ、共通のルールに基づいて貿易を行うことです。
もちろん、現在でも関税をめぐる対立は起こります。
しかし、1930年代の経験は、自国の利益だけを優先して貿易相手国への影響を無視すると、国際関係が不安定になりかねないという教訓を残しました。
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世界恐慌後の経済不安、政治の変化、戦争へ向かう社会を考えるうえでも、参考になるシリーズです。
ただし、シリーズ全体が関税やブロック経済を専門に解説しているわけではありません。
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まとめ|関税は戦争の直接原因ではないが、対立を深めることがある
世界恐慌後、各国は自国の産業や雇用を守るため、関税の引き上げや保護貿易を進めました。
しかし、相手国も対抗措置を取れば、貿易は縮小し、国同士の不信感が強まります。
さらにブロック経済によって世界経済の分断が進み、国際協調が難しくなりました。
関税が戦争を起こしたのではありません。経済的な対立が深まり、政治的・軍事的な対立と重なったことが重要なのです。
現代の関税ニュースを見るときも、税率の数字だけでなく、相手国の反応や国際協調への影響に注目すると、ニュースの意味がより深く理解できるでしょう。
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