沼津御用邸は皇太子の療養のためだった!?|皇室がこの地を選んだ理由

PR|この記事にはアフィリエイト広告(プロモーション)が含まれています。

静岡県沼津市にある「沼津御用邸記念公園」。

かつて皇室が利用していたこの場所は、もともと病弱だった皇太子の静養のために造られた施設でした。

その皇太子とは、後の大正天皇となる嘉仁親王(よしひとしんのう)です。

では、なぜ数ある土地の中から沼津が選ばれたのでしょうか?

答えは、冬でも比較的温暖な気候、穏やかな海辺の環境、そして療養に適した立地にありました。

目次

沼津御用邸は病弱な皇太子のために造られた!

沼津御用邸が完成したのは、1893年(明治26年)7月。

当時の皇太子・嘉仁親王の静養を目的として、宮内省が建設しました。

「御用邸」とは、皇室が主に静養や保養のために利用する別邸のことです。

嘉仁親王は幼いころから健康面で不安を抱えており、療養に適した環境が求められていました。

そこで注目されたのが、駿河湾に面した沼津の海岸です。

御用邸が完成すると、皇太子はその年の7月に初めて訪れ、およそ1か月滞在しました。

その後も繰り返し利用し、皇太子時代だけでも延べ1,000日以上を沼津御用邸で過ごしたとされています。

なぜ沼津だった?皇室が注目した3つの理由

沼津が選ばれた背景には、療養に適した自然環境がありました。

① 冬でも比較的暖かい

宮内省は御用邸の建設前に、東京と沼津の冬の気温を比較していました。

その調査では、沼津の平均気温が東京より華氏約3度(摂氏約1.7度)高いという結果が出ています。

冬の寒さを避けられることは、静養先を選ぶうえで大切な条件だったのです。

② 穏やかな海と海風がある

御用邸が造られた島郷海岸は、駿河湾の奥に位置しています。

遠浅の海岸が広がり、夏には海からの風が吹きます。

また、冬は牛臥山や防風林が冷たい季節風を遮る地形でした。

こうした環境が、保養地として評価されたのです。

③ 明治政府の高官たちの別荘があった

当時の沼津には、すでに大山巌、川村純義、西郷従道ら明治政府の高官の別荘がありました。

つまり、沼津は御用邸ができる前から、上流階級の保養地として注目されていたのです。

沼津市は、こうした高官たちの存在も、御用邸の設置に影響したと考えています。

ドイツ人医師ベルツも沼津の環境を評価していた!

沼津御用邸の歴史を語るうえで欠かせない人物が、ドイツ人医師のエルヴィン・ベルツです。

ベルツは1876年に来日し、日本の近代医学の発展に貢献しました。

皇室の医療にも携わり、海水浴や転地療養などを積極的に勧めた人物です。

ベルツ自身も、沼津周辺の温暖な気候や美しい海辺を評価していました。

ただし、ベルツ一人が沼津を選んだと断定できるわけではありません。

御用邸の候補地を調査したのは宮内省であり、ベルツの医学的な考え方も、当時の保養地選びを理解する重要な背景なのです。

『ベルツの日記』に残された皇室一家の暮らし

ベルツは1902年(明治35年)、東宮侍医となりました。

東宮とは、皇太子を指す言葉です。

ベルツは沼津御用邸も訪れ、そのときの皇室一家の様子を日記に記録しました。

そこには、後の昭和天皇を含む幼い皇子たちが庭園や海辺で遊ぶ様子や、父親として喜ぶ皇太子の姿が描かれています。

当時の皇室では、親子が離れて暮らすこともありました。

ベルツは、沼津で親子が一緒に過ごす姿を、幸せな家庭生活として好意的に受け止めています。

沼津御用邸は、皇太子の療養場所であると同時に、皇室一家がともに過ごす場所にもなっていたのです。

沼津御用邸は現在どうなっている?

沼津御用邸は、明治・大正・昭和の3つの時代にわたり利用されました。

しかし、1945年の空襲で中心となる本邸が焼失。

1969年には御用邸としての役割を終えました。

現在は「沼津御用邸記念公園」として公開され、戦災を免れた西附属邸などを見学できます。

当時の皇室の暮らしや明治時代の建築に触れられる場所です。

なお、沼津には御用邸だけでなく、近代化の歴史を伝える鉄道の遺構も残されています。

明治時代の沼津をもっと知りたい方は、下記の記事もあわせてご覧ください。

もっと深く知るなら『ベルツの日記』

今回のテーマに関連するおすすめの一冊が、『ベルツの日記』です。

ベルツは明治時代の日本で医学教育や皇室の医療に携わりながら、当時の社会や人々の暮らしを記録しました。

その日記からは、教科書だけでは見えにくい明治の日本や、皇室一家の日常を知ることができます。

沼津御用邸で過ごした皇太子一家について、当時の医師がどのように見ていたのかを知る手がかりにもなる一冊です。

ベルツの日記 上 (岩波文庫 青426-1) [ エルウィン・ベルツ ]
ベルツの日記 下 (岩波文庫 青426-2) [ エルウィン・ベルツ ]
項目内容
書名ベルツの日記 上・下
著者エルヴィン・ベルツ
編者トク・ベルツ
訳者菅沼竜太郎
出版社岩波書店
シリーズ岩波文庫
上巻ISBN9784003342619

※上・下巻があります。皇室一家に関する記述を読む場合は、該当する年代と収録巻を確認してください。

まとめ|沼津が選ばれたのは療養に適した土地だったから

沼津御用邸が造られた理由は、次の3つに整理できます。

  • 1893年、病弱だった皇太子・嘉仁親王の静養のために建設された
  • 温暖な気候と穏やかな海辺が、療養に適していた
  • ベルツの医学的な考え方や、すでに保養地として注目されていた背景もあった

現在は観光地として親しまれている沼津御用邸。

その始まりには、皇太子の健康を願い、静養に適した土地を探した明治時代の歴史があったのです。

🎓 日本史をもっと体系的に学ぶ

歴史は、人物や出来事を一つずつ暗記するだけではありません。「なぜその事件が起きたのか」「その出来事が次の時代にどうつながったのか」まで理解できると、歴史上の人物の行動や時代の変化が、ひとつの大きな物語として見えてきます。

そんな日本史の学び直しにおすすめなのが、スタディサプリです。

スタディサプリの魅力は、経験豊富な講師によるわかりやすい映像授業で、日本史を基礎から体系的に学べること。

  • 時代の流れがつかめる: バラバラに覚えていた人物や事件を、背景や因果関係と結びつけながら理解できます。
  • 自分のペースで学べる: 気になる時代から学び始めたり、理解しにくい部分を繰り返し視聴したりできます。
  • 大人の学び直しにもぴったり: 学校で習った日本史を復習したい方も、ニュースや歴史ドラマをもっと深く楽しみたい方も、自分の興味に合わせて学習を進められます。

「歴史上の出来事を知っている」から「歴史の流れを説明できる」へ。

この記事で生まれた興味をきっかけに、スタディサプリで日本史の面白さをさらに広げてみませんか?

▶ 【公式】スタディサプリ高校・大学受験講座

参考・出典

目次