物価はなぜすぐに下がらない?ノーベル経済学賞から学ぶ「価格の硬直性」

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スーパーで買う食品、外食のメニュー、日用品。

一度値上がりした商品を見て、「原材料が安くなったのなら、値段も元に戻してほしい」と思ったことはありませんか?

実は、原材料費が下がっても、商品の販売価格がすぐに下がるとは限りません。

その理由の一つが、経済学でいう「価格の硬直性(かかくのこうちょくせい)」です。

2026年10月12日、ノーベル経済学賞の受賞者として、ロバート・E・ホール氏とマイケル・ウッドフォード氏が発表されました。

両氏の研究は、家計や企業の行動から景気変動を理解し、経済を安定させる政策の基礎を発展させたものです。

今回は、このニュースをきっかけに、身近な疑問を考えてみましょう。

なぜ物価は上がることがあっても、簡単には下がらないのでしょうか?

目次

価格の硬直性とは?値段がすぐに変わらない性質

価格の硬直性とは、需要や費用などの経済状況が変わっても、商品やサービスの価格がすぐには調整されない性質のことです。

例えば、ある飲食店が定食を800円で販売していたとします。

食材費が上昇したため、定食を900円に値上げしました。

その後、食材費が下がったとしても、翌日から自動的に800円へ戻るわけではありません。

なぜなら、店の経営者は食材費だけでなく、人件費、家賃、光熱費、今後の仕入れ価格、競合店の価格なども考えて値段を決めるからです。

また、値札やメニューの変更、顧客への説明にも手間がかかります。

このように、経済状況が変化しても価格がすぐに動かないことを「価格の硬直性」と呼びます。

ただし、価格の硬直性は「価格が下がらない性質」だけを意味するものではありません。

価格が上がる方向にも、下がる方向にも、すぐには動かない場合があるということです。

なぜ値段を変えないの?価格が硬直する3つの理由

① 値段を変えること自体に費用がかかる

商品価格を変更するときには、値札の交換、メニューの印刷、レジの設定変更などが必要になることがあります。

こうした価格変更に伴う費用を、経済学では「メニュー・コスト」と呼びます。

名前の由来は、飲食店のメニューを書き換える費用です。

例えば、仕入れ価格が少しだけ下がった場合、そのたびにメニューを変更するより、しばらく現在の価格を維持したほうが合理的なこともあります。

現在は電子値札やオンライン価格の変更などによって、こうした費用を抑えられる場合もあります。

それでも、価格改定のための判断や調整が完全になくなるわけではありません。

② お客さんや競合店の反応を考える

企業は、価格を変更したときのお客さんの反応も考えます。

例えば、頻繁に価格が変わる店では、消費者が買い物の計画を立てにくくなるかもしれません。

また、自分の店だけ値下げすれば、競合店も値下げして価格競争になる可能性があります。

反対に、競合店が値段を維持しているなら、自分の店も急いで変更しないという判断があり得ます。

このように、価格は自社の費用だけで決まるわけではないのです。

③ 将来の費用がどうなるか分からない

原材料価格が今月下がったとしても、来月また上がるかもしれません。

企業が「一時的な値下がりかもしれない」と考えれば、販売価格をすぐに変更せず、しばらく様子を見る場合があります。

さらに、食材費が下がっても人件費や物流費が上昇していれば、商品全体の費用はあまり下がらないこともあります。

つまり、原材料の一部が安くなったことと、商品を安く販売できることは同じではありません。

原材料費が10%下がれば、商品価格も10%下がる?

ここで、数学を使って考えてみましょう。

ある商品の販売価格が1,000円だったとします。

その内訳を、次のように仮定します。

費用・利益金額
原材料費400円
人件費250円
家賃・光熱費など200円
利益150円
合計1,000円

ここで原材料費だけが10%下がったとします。

400円 × 0.10 = 40円

原材料費は40円減少し、360円になります。

ほかの条件がすべて変わらず、減少した費用を全額販売価格へ反映するなら、

1,000円 − 40円 = 960円

です。

つまり、原材料費が10%下がっても、販売価格全体では4%の値下げにしかなりません。

しかも実際には、企業が費用減少分を全額価格へ反映するとは限りません。

「原材料費が10%下がったのだから、商品も10%安くなるはず」という考え方は、必ずしも正しくないのです。

※上記は計算の仕組みを理解するための架空の例です。実際の企業の費用構成や価格決定を示したものではありません。

物価上昇率が下がっても、値段が下がるとは限らない

ここで、ニュースを読むうえで特に重要な違いがあります。

それは、

「物価が下がること」と「物価の上昇率が下がること」は別

という点です。

例えば、ある年の物価水準を100とします。

翌年に5%上昇すれば、

100 × 1.05 = 105

さらに翌年に2%上昇すれば、

105 × 1.02 = 107.1

となります。

年物価上昇率物価水準
1年目基準100
2年目+5%105
3年目+2%107.1

このとき、物価上昇率は5%から2%に低下しています。

しかし、物価水準そのものは105から107.1へ上がっています。

つまり、値上がりするスピードが遅くなっただけで、値段が元に戻ったわけではないのです。

物価上昇率がプラスの状態で低下することを、一般に「ディスインフレーション」と呼びます。

一方、物価水準が継続的に下落する状態が「デフレーション(デフレ)」です。

この2つを区別するだけでも、物価に関するニュースの読み方が大きく変わります。

2026年のノーベル経済学賞と価格の硬直性の関係

2026年のノーベル経済学賞を受賞したのは、ロバート・E・ホール氏とマイケル・ウッドフォード氏です。

両氏は、家計や企業の意思決定を基礎にして、景気変動や経済安定化政策を理解する研究に貢献しました。

ここで重要なのは、経済全体の物価や景気を考えるときにも、個々の企業や消費者がどのように行動するかが関係しているという点です。

例えば、企業がすぐに価格を変更できない経済では、需要が増減したとき、価格だけでなく、生産量や雇用などにも影響が及ぶ可能性があります。

こうした仕組みは、ニューケインジアン・マクロ経済学などの重要な研究対象になっています。

ウッドフォード氏の研究は、企業の価格設定や人々の将来予想、金融政策の働きを理解する理論の発展にも大きく貢献しました。

ただし、今回の受賞理由は価格の硬直性だけではありません。

価格の硬直性は、受賞研究につながるマクロ経済学の枠組みを身近に理解するための一つのテーマなのです。

金利を上げると、なぜ物価上昇が落ち着くことがある?

中央銀行は、物価の安定などを目的として金融政策を行います。

その代表的な手段の一つが金利の調整です。

例えば、金利が上昇すると、企業や家計がお金を借りる際の負担が増えることがあります。

すると、設備投資や住宅購入などの需要が弱まり、経済全体の需要が落ち着く方向に働きます。

需要の勢いが弱まれば、企業が値上げしやすい状況も変化し、物価上昇率が低下する可能性があります。

ただし、金利を上げれば翌日からすべての商品が値下がりするわけではありません。

価格がすぐには変わらないことに加え、金融政策が経済に影響するまでには時間がかかるからです。

また、原油価格の上昇や輸入費用の増加など、供給側の要因によって物価が上昇する場合もあります。

そのため、物価を理解するには、企業の価格設定だけでなく、需要と供給、将来予想、金融政策などを合わせて考える必要があります。

価格の硬直性をもっと学ぶなら『マクロ経済学入門[第2版]』

ここまで読んで、

「なぜ企業は価格を変えるのか?」

「金利と物価にはどんな関係があるのか?」

「景気が良くなる、悪くなるとはどういうことなのか?」

といった疑問が生まれた方には、マクロ経済学を体系的に学ぶ方法もあります。

『マクロ経済学入門[第2版]』
坂上智哉・小葉武史 編著/日本評論社

本書は、マクロ経済学を初めて学ぶ人に向けた大学初級レベルのテキストです。

物価や景気を考えるために必要な、経済全体の仕組みや基本的な理論を順序立てて学ぶ際に役立ちます。

この記事は「価格の硬直性」という一つの疑問に絞っていますが、書籍では、その背景にあるマクロ経済学の考え方をより広く学べます。

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※同名・類似名の書籍が複数あるため、購入時は「坂上智哉・小葉武史 編著」「日本評論社」「ISBN:9784535540194」を確認してください。

関連記事|数字の意味を理解するとニュースの見え方が変わる

今回の記事では、物価上昇率が下がっても、物価水準そのものは上がり続ける場合があることを紹介しました。

実は、ニュースで使われる数字を正しく読むという考え方は、ほかのテーマにも共通しています。

例えば、大学ランキングの「27位」という順位は、どのような指標を使い、どう計算された結果なのでしょうか。

また、都道府県の「魅力度」は、人によって異なる感覚をどのように数字へ変えているのでしょうか。

次の記事では、そうした数字の作られ方を数学から解説しています。

まとめ|物価がすぐに下がらない理由は一つではない

一度上がった商品の値段がすぐに下がらない背景には、さまざまな理由があります。

価格を変更するための費用。

お客さんや競合店との関係。

将来の原材料費や人件費への予想。

こうした事情によって、企業は経済状況が変化しても価格をすぐには変更しないことがあります。

この性質が「価格の硬直性」です。

ただし、物価が下がらない理由を、価格の硬直性だけですべて説明できるわけではありません。

原材料費以外の費用、需要と供給、企業の利益判断、金融政策なども関係しています。

そして、もう一つ大切なのが、

「物価上昇率が下がること」と「物価そのものが下がること」は違う

という点です。

次に「物価上昇率が鈍化した」というニュースを見たときは、ぜひ思い出してみてください。

値上がりが止まったのか。値上がりの速度が遅くなっただけなのか。

その違いが分かるだけで、経済ニュースをより正確に理解できるようになります。

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参考・出典

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